■注射以外のワクチンが広がれば接種のハードルが下がる
「ワクチンというと注射のイメージがありますが、粘膜経由のワクチンも存在します。有名なのは日本でもかつては定期接種されていた、シロップを飲んで接種するポリオワクチンです。清野特任教授は『粘膜免疫』の分野では有名で、これまでになかった鼻の粘膜から接種するワクチンをつくりたいという考えが、HanaVax設立の背景にありました。注射がなくなれば接種のハードルが下がり、医療資源が少ない地域の接種も進むと考えられます」
各社が力を入れる国産ワクチン開発。その一方で、日本が他国に後れをとってしまっている理由について、石井教授はこう見る。
「ロケットや飛行機といった産業と同じで、それをつくれる技術力が日本にあっても、世界に冠たる製品は日本にはありません。国がそれを大事な産業と位置づけて、サポートしたり、新しい産業形態をつくったりすることができておらず、ワクチン開発もその谷にはまってしまっています。実際、遅れてはいますが今はさまざまなワクチンができていますから、技術力がないということでは決してないと考えています」
日本ではすでに希望者の多くがワクチン接種を終えているが、それでも国内企業がコロナワクチン開発に力を入れるのには、2つの理由があるという。
「一つは、また新興感染症が広がったときのためです。そのとき日本に、高値で外国のワクチンを買うお金があるのか、わかりません。つまりワクチンを国産でつくれるかどうかは国防にかかわる問題だ、という考え方があります。もう一つはビジネスとしての必要性です。今回、なぜ多くの企業がワクチン開発に参入したかというと、新型コロナウイルス感染症がインフルエンザと同じように、毎年ワクチンを打たなければならない病気になる可能性があるからです。全世界の人が毎年打つようなワクチンがもう一つできれば、大きな収入になる。そうしたビジネス的な観点から、さまざまな企業がワクチン開発に名乗りを上げています」
■大学がかかわる事業は「山のようにある」
ここまで紹介してきたように、企業のワクチン開発に欠かせないのが大学の存在だ。大学の研究成果を事業化したベンチャーや、創業者が大学と共同研究を行ってきたベンチャー、大学と深い関連をもつ学生が立ち上げたベンチャーなどは「大学発ベンチャー」と呼ばれる。先に紹介したHanaVaxは東京大発、「DNAワクチン」のアンジェスは大阪大発ベンチャーの代表格として知られる。石井教授は、日本のコロナ医療に関して、大学の研究機関や大学発ベンチャーがかかわっている事業は「今となっては山のようにある」と言う。
大学発ベンチャーはいま、年々増える傾向にある。経済産業省は今年5月、「令和2年度産業技術調査(大学発ベンチャー実態等調査)報告書」を発表。2020年度に存在する大学発ベンチャーは過去最多の2905社だった。背景には、起業のための資金集めを支える大学ファンドの増加が指摘されている。14年に「産業競争力強化法」が施行され、国立大学法人が、起業を支援するベンチャーキャピタル(VC)に出資できるよう規制が緩和された。14年には京都大と大阪大が、16年には東京大が、大学自ら100%出資するVCを設立した。
表は、前述の経済産業省調査による大学別ベンチャー企業数ランキングだ。トップ3は前出の東京大、京都大、大阪大で、上位には国立大学が並ぶ。私立大では、慶應義塾大(10位)が15年に野村ホールディングスと共同でVCを設立。早稲田大(10位)は18年に外部のVC2社と提携を結び、ベンチャー創出をめざす。東京理科大(7位)は18年にVCを設立して以来、大学発ベンチャーの数が急伸。18年度の10社から、20年度には111社にまで増えた。
注目を集めているワクチン関連以外にも、研究力を生かして成功する大学発ベンチャーは多い。ミドリムシを活用した食品・化粧品を開発するユーグレナ(東京大)、iPS細胞関連の研究支援事業を行うリプロセル(京都大、東京大)、再生細胞薬の研究・開発を行うサンバイオ(慶應義塾大)などはいずれも株式上場を果たしている。
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