2020年9月6日日曜日

バイデン政権なら米中そろって「TPP参加」も カルダー教授に聞く「新冷戦」時代の日米中関係 西村 豪太 - 東洋経済オンライン - 2020年9月5日 11月のアメリカ大統領選が近づく中、アメリカと中国が双方を挑発するチキンゲームが激しさを増している。アメリカは「新冷戦」にどこまで本気で、中国とどう向き合うつもりなのか。そして日本に期待する役割は。アメリカを代表する日本研究者で、ユーラシア情勢やエネルギー安全保障にも精通するジョンズ・ホプキンス大学のケント・カルダー教授に聞いた。 ――ポンぺオ国務長官は7月に行った演説で中国を厳しく批判、「新冷戦」の幕開けと騒がれました。  ポンぺオ長官の発言は選挙用のレトリックだと思う。米中の経済をデカップリングするといっても、企業は自社の競争力を損なうような選択はしない。アメリカ政府が自国の企業に中国で生産させないといった経済的に不合理な行為を本当に強いるかというと、ちょっと疑問だ。AI(人工知能)、5G(第5世代移動体通信)などの技術では民間用と軍事用の垣根がなくなってきており、このことが米中関係の緊張を高めているのは確かだ。また医療用物資などの分野では中国への依存度を下げねばならないが、あまり極端なことはできないだろう。 ――対する民主党のバイデン候補はどうでしょう?  バイデン氏は中国バッシングにそう積極的でない。アメリカの同盟国の多くも、アメリカが対中強硬外交を続けることを望んでいないと思う。  バイデン氏が副大統領を務めたオバマ政権は中国に少し甘かった。COP21(国連気候変動枠組条約第21回締約国会議)でパリ協定を成立させるための中国との協力などを強調しすぎた一方で、経済競争、とくに技術への目配りが不足していた。  その反省を踏まえて、バイデン政権はアメリカの安全保障のために中国との技術をめぐる競争をもっと重視するだろう。また、日本をはじめ欧州諸国など同盟国との関係を一層大事にする。香港国家安全維持法や新疆ウイグル自治区での人権抑圧の問題などでも、同盟国との協力をより強調すると思われる。 グル自治区での人権抑圧の問題などでも、同盟国との協力をより強調すると思われる。 バイデンは習近平とも長い付き合い ――バイデン氏の中国観はどういうものでしょうか。  私は最近、バイデン氏の出身地であるペンシルバニア州スクラントンを訪ねたが、もともと炭鉱町で労働組合が強い土地柄だ。彼はそうした風土で育った古いタイプの政治家であり、反共産主義ではあっても中国を強く意識したことはあまりないだろう。  バイデン氏は上院外交委員長を長く務めただけに、国際的な人脈も豊富だ。副大統領時代には当時中国の国家副主席だった習近平氏と悪くない関係を築いた。  要するに彼はグローバリストだ。「中国も国際社会のステークホルダーであり、ちゃんと付き合わなければいけない」と考える。中国の台頭は当然意識して対応するが、トランプ政権のように2国間の厳しい制裁で言うことを聞かせようとするのではなく、国際的な枠組みのなかでの対応を優先して考えるだろう。トランプ政権が脱退したイラン核合意やパリ協定に復帰し、これらを機能させるためにも中国の協力が必要だ。そうしたグローバルな課題はたくさんある。 ――副大統領候補のカマラ・ハリス氏は、2024年の大統領候補として期待されています。彼女の国際社会観は?  基本的にプラグマティック(実利主義的)だろう。彼女は外交専門家でないし、独自のスタッフがあまりいない。バイデン政権ができたとしても、初期段階ではハリスの外交への影響力はないだろう。考えられるのは、インドとの関係で存在感を発揮するのではないかということだ。母方の家族はベンガル湾に面するインドのチェンナイの出身だ。  いまインド洋の戦略的な重要性は増している。トランプ政権のもとで、「クアッド(日米、オーストラリア、インドの4カ国による安全保障協力。2007年に当時の安倍晋三首相が提唱)」が復活した。トランプ政権の初期段階でオーストラリアはあまり協力的ではなかったが、現在のモリソン政権になって積極的になった。インドと中国の関係悪化により、クアッドは本格的に動き出している。オーストラリアとインドの防衛協力も本格化してきた。  アメリカの国内政治でもインド系の存在感が増している。インド系アメリカ人には医師、薬剤師や弁護士、会計士などの専門職が多く、平均収入が白人より高い。アメリカ社会でこれから影響力を強めるだろう。  トランプ氏が落選した場合、共和党が2024年の大統領候補にペンス副大統領を選ぶとは思えない。ハリス氏が民主党から立つなら、共和党では同じインド系アメリカ人女性のニッキー・ヘイリー元国連大使が有力候補になると思う。 中国に「いいとこどり」はさせない ――トランプ政権の初仕事は、TPP(環太平洋経済連携協定)からの脱退でした。バイデン政権となればTPPへの復帰はありうるでしょうか?  その可能性はある。そもそもオバマ政権の外交構想は自由貿易協定と同盟を深く結びつけて、アメリカに近い国と全面的な協力関係を築くことにあった。日本や欧州とその体制を構築してから中国と向き合うという考え方だ。  一方の中国でもTPP加入への検討はされている。中国のハト派、たとえば中国・グローバル化研究センター(全球化智庫)の会長で国務院参事の王輝耀氏などは、中国はTPPに入るべきだと言っている。個人的には、米中がともにTPPに加入して協力の枠組みをつくる可能性はありうると思う。  しかしアメリカにはWTO加盟で中国に「いいとこどり」をされたという苦い経験があり、バイデン陣営もそれはわかっている。まずアメリカは日本をはじめ(アメリカの脱退後に成立した)TPP11を構成する国々としっかり話すべきだと思う。さらに欧州との関係も再構築したうえで、中国と話すべきだ。 ――中国と対抗するうえで、日本は米英カナダ、オーストラリア、ニュージーランドの5カ国によるインテリジェンス(諜報)協力、いわゆるファイブアイズに加入するべきだという議論があります。  実現できるどうかはわからない。できないとは言わないが、2つの課題がある。1つは日本の提供する情報がどれだけ5カ国に貢献できるか。もう1つはグローバルなレベルでの信頼が築けるかだ。  あくまでアウトサイダーとして自分の印象を話すと、日本側がどこまで機密情報を管理できるのか、協力関係を築くうえでアメリカ側には常に不安があった。その点では特定秘密保護法の制定によって進歩があったとみている。また現場での個人的な人脈、信頼感が高まっているのは確かだ。  中国の台頭への対応はアメリカだけでなく世界の情報機関にとって重要だ。経済と軍事、戦略問題の結びつきが強まっているなかで、東アジアのインテリジェンスで日本が貢献できるのはよくわかる。さらにグローバルなレベルでファイブアイズの5カ国と日本の利害がど だろう。 バイデンは伝統的な日米同盟を重視 ――日本では「敵基地攻撃論」が関心を集めていますが、バイデン氏の日米同盟観は。  バイデン氏はアメリカが抑止力を提供するという伝統的な日米同盟のあり方を重視しており、日本は自分で自分を守れという発想ではない。朝鮮半島でも伝統的な米韓関係のもとでアメリカ陸軍が韓国で抑止力となり、北朝鮮ににらみをきかせることを重視する。バイデン氏の外交顧問であるトニー・ブリンケン氏はオバマ政権で国務副長官を務めたが、彼は日米韓関係に詳しく、日韓関係の修復に問題意識を持っている。とくに最近の韓国は中国に接近している感じがあり、そこにはバイデン氏らも警戒感を持つだろう。 ――日本に対してトランプ政権は駐留経費の負担引き上げを要求してきましたが、「バイデン政権」になっても同じでしょうか。  アメリカ軍人の給与を別にすれば日本は駐留経費の7~8割を負担しているはずだ。さらに給与まで払ったら、アメリカ軍は傭兵になってしまう。これ以上の引き上げは現実的でないし、それを主張すれば日本から反発も出る。ばかばかしい話だ。  ただ、日本側は新たな施設の建設には熱心だが、基地のメンテナンスなどにはあまり関心を持たない傾向がある。国内の政治的な必要性があるのはわかるが、これはアメリカからみると不合理だ。そこはバイデン政権になっても指摘するのではないか。  日本の思いやり予算は在日アメリカ軍だけにしか使われないが、日本政府がインド太平洋地域の安全保障のためのファンドを作るのも1つの考え方だ。駐留経費負担だけを増やすより日本のためになるだろう。

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